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日本で人気抜群のギタリスト!リッチー・ブラックモア率いたレインボウ キルザキング RAINBOW LIVE IN MUNICH 1977 - Kill The King [ディープパープル レインボウ]








1975年6月に、ハードロックとソウル、ファンクの融合を目指していた新加入メンバー、グレン・ヒューズ、デイヴィッド・カヴァデールと意見が対立し、ディープパープルを脱退した看板ギタリストのリッチー・ブラックモアが立ち上げた、レインボウ。

実はリアルタイムは、クロスオーバー、フュージョン、AOR、ディスコに向ってまっしぐらの時代でしたので、ハードロック、ヘビーメタルをやると結成されたレインボウ、リッチー共にマスメディアは冷ややかで、いや、「今更ハードロック?。終わったよハードロックブームは。リッチー何をトチ狂ったのか?」的な批判的なソレが多かったのですが、、、

そんな孤立無援のリッチーのレインボウ結成がなかったら、80年代のヘビメタ、LAメタル、ジャパメタブームはなかったんじゃないか?なんて、真剣に思うほど、リッチーのこの「時代に逆行した」決断を、管理人は高く評価しております。

が、しかしリッチー・ブラックモアも、ディープ・パープルと対立し自分のお気に入りの「エルフ」を吸収して「レインボウ」をたちあげ1975年「銀嶺の覇者」(Ritchie Blackmore's Rainbow)を発表するも、リアルタイム、商業的にはやはりイマイチで、メディアや世間の評価は上記したように酷評に近く、リッチーはボーカリストのロニー・ジェイムス・ディオ以外の「エルフ」のメンバーを、全員解雇してしまうんですね〜。

いやはや豪腕(汗)。

そしてジェフ・ベック・グループにいたドラマーのコージー・パウエルはじめ、レインボウはメンバーを一新。その後も、ディープ・パープル同様、レインボウも「リッチー次第」のメンバーの出入りの激しいバンドで、リッチーの音楽ではなくこういう独善的で「孤高」と言われる性格(あちらは仕事でやってるのだから、いたしかたない)をコピーしたギターキッズがバンマスのバンドは当時、よ〜く揉め事を起こしてたわけです(笑)。

こちら「キルザキング」(Kill The King)は、そんなレインボウ3枚目のアルバム、「バビロンの城門」( LONG LIVE ROCK'N'ROLL)の中の、当時も今もとても人気の高い曲でございます。


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