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スティックス ベイヴ Styx Babe 1979 [スティックス]





正に!、評論家の渋谷陽一氏が作った造語「産業ロック」と揶揄中傷されやすかったグループの1つ、スティックスの1979年の大ヒット曲であり、スティックス初の!全米ナンバー1ヒットとなった「ベイヴ」(Babe)。

まあ、フォリナーやトト、ジャーニー等と並び「産業ロック」という「定義」通りの「ベイヴ」はナンバー、スティックスはグループなわけですが、チャックとジョンのパノッツォ兄弟が音楽活動を開始したのは1963年と古く!(ザ・ビートルズの公式デビューは1962年)、長年ローカルバンドとして活動しつつ、デモテープが認められスティックス名で1972年にデビュー。

で、「ベイヴ」(Babe)の全米No1ヒットを出すのが1979年なわけですから、日本の演歌流に言えば「苦節◯年」。随分下積の長かったバンドで、やっと全米1位ヒットだし、日本でもその名前が浸透したら、代名詞が「産業ロック」ではチト可哀想かなと、同情してしまったりしますが、1980年前後は、わりとこの手の曲が一般にはウケ、一方、空前のディスコブームでもありディスコサウンズもウケにウケいたわけで、当サイトでも再三触れておりますが、日本ではレコード会社や評論家が推しまくってた、ロンドンのパンクムーブメントに日本の大衆は冷淡で(アメリカも)、パンクロックが流行っていたとは言いずらかった時代だったのであります。

その理由に各国の時代背景。高度成長から後にバブルと言われる時代に向かって一直線で、浮かれ気分だった日本、そして今程、景気も悪くなかったアメリカと、どん底の大不況と失業者問題で揺れていたロンドンパンクのイギリスとでは、お国柄も違った事も大きく、イギリスのパンクムーブメントは、「鉄の女」サッチャー首相の徹底した経済政策と、1982年のフォークランド紛争の勝利によって終焉を迎え、今度は浮かれ気分のイギリスでニューロマンティックなるポップミュージック、ポップカルチャーが80年代半ばからもてはやされるようになるわけで、、、

一方、日本はバブル前夜からバブル期の最も景気の良い時代に、そんなイギリスのニューロマンティックに影響を受け洋楽に入ったコ達が、商業的成功者!ニューミュージック、ディスコサウンド、テクノミュージックへのアンチテーゼ、或いは矢沢永吉氏の「成り上がり」伝説に感化され、音楽で一山あてようという趣旨で!日本は70年代後半のパンクというスタイルを復活させ(演奏する側はハードロック、ヘビーメタル、フュージョンの影響下にあったりして)、そしてバンドブームがブレイクしたと言えるわけで、当時の日本のパンクムーブメントに「政治的なイデオロギー」があったわけではなく、ある種の一攫千金の「ゴールドラッシュ」。1970年前後の和製ふぉーくムーブメントによく似ております。

そんな時代背景の中、「産業ロック」と言われようとも、スティックスは80年代になってもヒット曲をだしていたので、「ベストヒットUSA」世代の方々には、賛否両論あれど馴染みの深いバンドだと思われます。








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