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ジャニスの祈り ジャニス・ジョップリン MOVE OVER by Janis Joplin [ジャニスジョップリン]





大阪万博で盛り上がる日本国内に対し、1970年は4月10日にポール・マッカートニーのザ・ビートルズ脱退声明(12月30日にはアップル社と他の3人のメンバーを被告とし、ビートルズ解散とアップル社における共同経営関係の解消を求める訴えを起こした)=バンド解散、9月18日にはジミ・ヘンドリックス死亡、そして10月4日にはジャニス・ジョップリンの死亡の年であり、所謂「ロック伝説」の中でも注目される年になっております。

が!リアルタイム、1970年夏にロードショー上映された、ジミ・ヘンドリックスがトリをとった1969年のウッドストックのドキュメンタリー映画が商業的には大コケしており、ザ・ローリングストーンズの映画「ギミーシェルター」も同じく大コケ。映画配給会社の間では「ロック映画はあたらない」という言葉が生まれたほど、当時の日本には後に伝わるほど「ロックファン」というのは存在していなかった、ロックファンは一般的ではなかったわけであります(よって日本は和製ふぉーくの大ブームにこの後なりますから)。

例えば1970年に多感な16〜20才だったとして、この世代は2013年の今現在、59〜63才になるわけですが、一般的に今の若者から中年層が日常生活をしていて、回りの59〜63才の方々が1970年のジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョップリンの死について、思い入れたっぷりに熱く語る場面に出会うなど、まず!ないと思いますが?いかがでしょうか?。

ザ・ビートルズ解散とて怪しいと当サイト運営者は思っておりますし体感しておりますが、いかがでしょうか?、、、ジュリー、沢田研二氏のザ・タイガースの解散、日本武道館での解散コンサートの方が、女性だったら普通に懐かしい熱い想い出ででしょうし、男女共にジローズの「戦争を知らない子供たち」の方が、ジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョップリンの死より、1970年は想い出深いのではないでしょうか?。

こちら「ジャニスの祈り」( Move Over)は、アルバム完成を待たずジャニス・ジョップリンは死亡してしまった、1971年になって発表された彼女の遺作アルバム「パール」(Pearl)のA面1曲目を飾った彼女の代名詞になってる名曲で、まあ、ジャニスを知らなくてもこの曲は誰でも、何処かや何かで一度は耳にした事がある事でしょう。

当時の世界のニューロックファンにとって、ロックミュージックやロックミュージッシャンは音楽を超越した、ある種、宗教的カリスマ性がありましたから、勿論!ジャニス・ジョップリンは素晴らしいシンガーなのは間違いありませんが、ジャニスもジミも1971年死亡したドアーズのジム・モリソンも、「ロック教」の殉教者として音楽評論家やロックファンに語り継がれ、或いは商魂逞しいレコード会社の、ジャニスのレコードを売り為の営業戦略、キャッチコピーも功を奏し、ジャニスはロックのカリスマ女性歌手としての地位を、月日が重なる度に不動のモノにしたと思っております。

余談ですが、1970年は漫画「あしたのジョー」の、力石徹の葬式話題になりました、、、。






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