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セパレイト・ウェイズ/ジャーニー Separate Ways (Worlds Apart) [ジャーニー]





70sと謳ってて1983年のジャーニーの大ヒット曲、「セパレイト・ウェイズ」(Separate Ways)をアップするのも気がひけますが、1973年結成のジャーニーで一番、有名な曲かな?と思うので、あえてアップいたしました。

サンタナで活躍してたグレッグ・ローリーとニール・ショーンが、サンタナの音楽性の変革(後にフュージョンと言われる側へのカルロス・サンタナの接近)とカルロス・サンタナの宗教観の相違で、1972年の「キャラバンサライ」を最期にサンタナを脱退。諸々あって、1975年に70年代初頭人気だったプログレっぽいサウンドのデビューアルバム、「宇宙への旅立ち」を発表。

その後、「未来への招待状」「果てしなき挑戦」と、その邦題通り、プログレっぽいサウンドのアルバムを発表するも、商業的に成功したとは言い難く、私的に当サイト運営者が思うに、サンタナバンドはデビューしてすぐ爆発的に売れ、ライブも大盛況。レコードを出せば「売れるのは当たり前」、ライブをやればオーディエンスは大熱狂の経験しか今迄なかったグレッグ・ローリーにとって、ジャーニーのアルバム3枚連続「売れない」経験は、かなり精神的にこたえたのではないかな?と思っております。

そもそもジャーニーは、サンタナのロードクルーだったハービー・ハーバートが、当時の天才ギター少年だったニール・ショーンを中心にしたバンドを作ろうと思い立ったのが結成の発端だったわけで、まあ、サンタナの成功、そしてジェフ・ベックの成功もありましたから(当時のドラマー、エインズレー・ダンバーはジェフ・ベックグループの元メンバー)、ニール・ショーンだってという思いがあってもおかしくはなかったわけですが、商業的にここまでジャーニーは成功とはいえず、インストルメンタル主体のプログレロック路線は、ここで終了。



バンド初の専任ボーカリストとして1977年6月、ロバート・フライシュマンを起用するも、三ヶ月で解雇。ほどなく二代目専任ヴォーカリストとして、お馴染みスティーヴ・ペリーが加入。

1978年、それまでのプログレ色を残しつつポップ性も導入した4作目のアルバム「インフィニティ」が初の!全米トップ30入り(21位)。

ところが!更なる!ポップ路線を目指しだすジャーニーに、ドラマーのエインズレー・ダンバーが反旗を翻し脱退(ジェファーソン・スターシップに加入)。後任のスティーヴ・スミスがジャーニーの目指すソレとあったのか?1979年の「エヴォリューション」を経由、1980年作の「ディパーチャー」では遂に全米アルバムトップ10入り(8位)し、ジャーニーは80年代に突入。

まあ、あとは「ベストヒットUSA」世代なら誰もがお馴染み。ジャーニー大ブレイク!になるわけですが、オリジナルメンバー、サンタナからのニール・ショーンの盟友、グレッグ・ローリーが健康上の理由で脱退。ジャーニー大ブレイク時には、バンドにいなかったのは寂しい限りでした。





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