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マイケル・シェンカー MICHAEL SCHENKER [ INTO THE ARENA ] [III] LIVE 1981. [スコーピオンズ マイケルシェンカー]





UFO時代から一部のハードロックキッズ達に注目を集めていたドイツのマイケル・シェンカーの1980年代になってからのマイケル・シェンカー・グループの大人気と、70年代末期のアメリカのヴァンヘイレン登場、そしてディープ・パープル時代から注目の的のイギリスのリッチー・ブラックモアのレインボウがなかったら、80年代のヘビー・メタル、LAメタル、ジャパメタブームはなかったのではないか?と、当サイト運営者は思っております。

マイケル・シェンカーはドイツ人、欧州人という事もありますが、同じ欧州人、イギリス人ギタリストのエリック・クラプトンが完全なアメリカンブルース、ジェフベックがブルースとファンク、ロカビリーのアメリカンスタイルなのに対し、ディープ・パープル、レインボウのリッチー・ブラックモアのような、ハードロックの基本であるブルーススタイル&ディストーションサウンドなれど、欧州伝統のクラシカル音階、アフリカンアメリカンのブルースのブルーノート音階ではない哀愁のギターメロディを得意としてるギタリストで、このへんのハードロックサウンドと欧州クラシカルメロディの融合を「様式美」と、世間では言うようですね。

まあ、サンタナがラテンとブルースとロックのフュージョン(融合)をやったのと同じような、ロックとクラシカルメロディの融合の挑戦、実験がイギリスのリッチーのレインボウ登場であり、シンクロニシティでドイツで同じスタイルやってたのが、マイケル・シェンカーだったのかなと思っております。

かつてイギリスのリバプールで、ボーカル+バックコーラス+楽隊の黒人R&Bスタイルを、自分で演奏し歌うR&Rスタイルを取り入れ、全員で楽器もって歌いハモる、今では当たり前になってるスタイルの実験、挑戦をやりだしたザ・ビートルズと、遠くアメリカのカリフォルニアでザ・ビーチボーイズが同じ事をシンクロニシティで実験、挑戦してたのと似てるかなと、、、。

まあ、クラシカルスタイルと言っても、あくまでもギターメロディが!アフリカンアメリカンのブルース、ブルーノート音階ではなく、欧州人にも日本人にも慣れ親しんだ西洋音階のメロディを、メロディアスにそしてテクニカルにロック的に弾くのが、リッチーもマイケル・シェンカーも得意なわけで、クラシックギタリストのようなクラシカル奏法をやるわけではなく(昨今のリッチーはよくわかりませんが)、このへんもけっしてラテン、フラメンコギターの名手という訳ではない、あくまでもスタイルはロックのカルロス・サンタナに、似てなくもないかなと思ったりいたします(指が早い遅いが音楽の評価基準の人は異論があるでしょうが。コレはそういう話しではないので)。








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ヴァージンキラー SCORPIONS-VIRGIN KILLER. [スコーピオンズ マイケルシェンカー]



1.jpgドイツを代表するハードロックバンドとして、80年代のヘビーメタル、LAメタル、ジャパメタブーム以降、自身のバンドで人気者になった、マイケル・シェンカーがかつて在籍していたバンドという事もあり、圧倒的支持を得ているスコーピオンズ。

されど、こちら1976年「狂熱の蠍団 ヴァージン・キラー」(Virgin Killer)発売当時は、その後、差し替えになってしまった、こちらの少女のヌードジャケットが、最も!衝撃で話題だったスコーピオンズ。

それまでロックと言えばイギリスとアメリカ。自国の日本のロックでさえ冷淡だった日本の若者達が、1972年デビューと歴史あるバンドとはいえドイツのロックバンド、スコーピオンズに注目するという事は、それまで殆どなかったからであり(既にアルバムは日本でも発売されてましたから、コアなファンは当時からおりましたが)、正にジャーマンロックを日本で有名にしたのはルドルフ・シェンカーのスコーピオンズの、長年に渡る地道な活動の結果の大功績!。

又、元スコーピオンズ、元UFOの、ルドルフの弟のマイケル・シェンカーが自らのバンド、マイケル・シェンカーグループを率い、1970年代末頃から80年代にかけ、圧倒的に日本(欧州も)で人気者になった影響も、スコーピオンズの人気の後押しになっておりました。よって1976年の「狂熱の蠍団 ヴァージン・キラー」(Virgin Killer)発売時の最大の!話題は!、後に差しかになるこの少女のヌードジャケットだったと、、、。

というような諸事情により、70年代のロック親爺より80年代のヘビーメタル、LAメタル、ジャパメタムーブメントで思春期を過ごしたヘビメタ親爺の方が、僅か数才の差なれど、圧倒的に!スコーピオンズ、マイケル・シェンカー信者は多い傾向にあります。



今、1978~79年のアメリカのヒットチャートを調べても、見事に!空前のディスコブームの渦中。上位は殆ど!ディスコサウンドで独占されており、まあ、日本もアメリカも、ある種のそのディスコサウンドのアンチテーゼ、揺り返しで80年代のヘビーメタル、LAメタル、ジャパメタ(日本の場合、パンクが何故か?70年代ではなく80年代に流行り、バンドブームに繋がってる)、或いは産業ロックと揶揄されてもいた、商業的に大成功するハードロックバンドの人気、支持に繋がったのではないか?と、当サイト運営者は分析しております。

が、それもこれも突然、起きたわけではなく、スコーピオンズやマイケル・シェンカー、レインボウのリッチー・ブラックモア、他諸々、70年代から「頑固な職人」をやり続けた結果、時代が巡り巡って花開いたわけであります。








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