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CCR トラベリン・バンド Creedence Clearwater Revival - Travelin Band [CCR]





クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(以下CCR)は、1968~1972年と思えば随分、短い活動期間だったわりに、70年前後に思春期を過ごした洋楽ファン、ロックファンには印象の強いバンドであり、これは日本に限らず映画でCCRの曲はよく使われているのを見ると、アメリカでもそうだったようですね。

CCR、人気絶頂期の1970年発表されたアルバム「コスモズ・ファクトリー」(Cosmo's Factory)からのシングルカットされた、わりとシンプルなれど豪快なR&Rナンバー「トラベリン・バンド」(Travelin Band)が全米2位を記録したのは、けっこう事件であり、何が事件かというと、まあ、R&Rリバイバル。CCRも出演してる前年のウッドストックフェスティバルで、1967年頃から続いたアメリカのヒッピー、フラワームーブメントは良く言えば頂点、悪く言えば終焉を迎えたわけで、イギリスのレッド・ツエッペリンやキングクリムゾンの登場により、ハードロック、プログレ、日本では当事、アートロックとか言われておりましたが(一般的にはニューロック)、そんな潮流がロックシーンにあった反面、イギリスでもアメリカでもR&Rリバイバルが起きてます。

当事、R&Rは完全に古くさい音楽扱いだった世界の空気を、1969年の「ウッドストックフェスティバル」のシャナナが払拭したと当サイト運営者は思っておりますが、ジョン・レノンのプラスチック・オノ・バンドもR&Rリバイバルの傾向にあり、結局、そんな空気の1970年、豪快なR&RナンバーのこちらCCRの「トラベリン・バンド」(Travelin Band)が全米2位を記録したのは、やはり事件だったと思わずにいられないわけであります。

この後のイギリスのグラムロックや、エルトン・ジョンの「クロコダイルロック」「土曜の夜は僕の生き甲斐」等、正に!R&Rリバイバルなわけで、この潮流が1972年のカーペンターズのアルバム「ナウアンドゼン」のB面の例のオールディーズを散りばめたアイデアが、バカ受けした時代の空気、1973年、無名のジョージ・ルーカスが1961年のアメリカの一都市の一日を、当事のR&R、オールディーズナンバーを散りばめ発表した「アメリカン・グラフィティ」の大ヒットした時代の空気。

まあ、この世界の潮流、空気なくして、かの!矢沢永吉氏が在籍していた、ジョニー大倉氏のアイデア、デビュー前の革ジャン&リーゼントスタイルのザ・ビートルズスタイルに、オリジナル含むR&Rを奏でるバンド、キャロル登場もなかったわけであります(キャロル、デビューは1972年)。

というわけで、シンプルで豪快なR&Rナンバー!、こちらCCRの「トラベリン・バンド」(Travelin Band)が全米2位を1970年に記録したというのは、事件なのであります(笑)。






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CCR フォーチュネイト・サン By ダイ・ハード4.0 Creedence Clearwater Revival: Fortunate Son [CCR]





2007年の人気映画シリーズ「ダイ・ハード4.0」で使われていたので(他、フォレスト・ガンプ/一期一会等、多くの映画で使われております)若い方でも聴き覚えのある曲だと思われます。クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(以下、CCR)が1969年末に放った、アルバム「Willy and the Poor Boys」からの、「ダウン・オン・ザ・コーナー」(Down on the Corner)と両A面という感じでシングルカットされ、両方ヒットした「フォーチュネイト・サン」(Fortunate Son)。

勿論、有名な「ダウン・オン・ザ・コーナー」(Down on the Corner)の方がヒットしましたが、なかなか渋いR&Rで、当時から根強いファンがいた楽曲であり、映画「ダイ・ハード4.0」で車の中でカーラジオから流れてくるシーンは、どきっ!としたオールドファン多かったのではないでしょうか?。

刑事役のお馴染み!ジョン・マクレーンのブルース・ウィルスは1955年生まれですから、「フォーチュネイト・サン」(Fortunate Son)が流行っていた頃は、リアルで14才という事になり、なかなか鋭い選曲だなと、1999年の「アメリカン・ビューティー」の、中年男のケヴィン・スペイシーが、若き頃流行っていたゲス・フーの「アメリカン・ウーマン」を歌うシーンに匹敵する、当サイト運営者は、観ていて聴いていて嬉しくなったシーン、楽曲であります。

まあ、同年1969年、あの!有名な「ウッドストック」にも出演したCCRの人気のピークは、1969~71年と短かったのですが(1972年に解散してますので)、日本に限らず、いや!日本以上に、アメリカではロック親爺達に根強い人気があるグループのようでございます。






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地獄の黙示録 スージーQ CCR Apocalypse Now Sugie Q [CCR]





フランス・F・コッポラの映画「地獄の黙示録」の最高の!名場面!。

米兵のこのオバカぶり、狂喜乱舞も最高だし、フェンスごしに戦争のまっただ中この狂乱を眺めるベトナム人の描き方も良い。何か食ってるのもいる。このシーンのBGMはスージーQ(Sugie Q)以外、ありえないですね。とても似合ってます。

ちなみにザ・ローリングストーンズの、殺人事件まで起きてしまった動乱のフリーライブを、結果的に撮ってしまった映画「ギミー・シェルター」のラスト、ストーンズのメンバーが現場から逃げ帰るようにヘリコプターに乗り込むシーンに、こちらのシーン似てなくもないかな?と当サイト運営者、思ったりいたします。あのドキュメンタリーの現場でカメラを回していたのは、コッポラの友達の若きジョージ・ルーカスですから、多分、話しは聞いてるでしょうし映画も観てるでしょうから、潜在的にイメージがあったのかな?なんて事を、何の確証も証言もありませんが、勝手に思っております。



スージーQ(Sugie Q)はクリーデンスクリアウォーターリバイバル(CCR)のオリジナルではなく、デイル・ホーキンズが1957年に発表したナンバーで、ギターは名手!ジェームズ・バートン。

まあ、1957年当時の日本で、デイル・ホーキンズのスージーQ(Sugie Q)を知ってた人は、そうはいないでしょう。多くの今(2012年)の日本の還暦から50代半ばぐらいまでのロックファンは、CCRのカバーで知った曲だと思いますし、もっと若い頃コアな音楽ファンでしたら、若きザ・ローリング・ストーンズのカバーで知ったか?どちらかだと思われます。

50代半ば以下から40代後半の方は、も〜う!この映画「地獄の黙示録」のこの!シーンのCCRで知った曲でしょう。

デイル・ホーキンズが(ジェームズ・バートンも)ルイジアナ州生まれなので、CCRも南部系のグループと彼等がヒット曲を連発!絶大な人気を誇っていた70年前後は錯覚されていたフシもありますが、正に!1968年、CCRデビュー時代、スージーQ(Sugie Q)発表頃は、ヒッピー、フラワームーブメント華やかなりし、カリフォルニア州はサンフランシスコ出身のグループでございます。





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