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ボブ・マーリー Exodus - BOB MARLEY [ボブマーリー]





61才のイギリス海軍大尉、ジャマイカ最大の建設会社「マーリー・アンド・カンパニー」を経営していた白人のノーヴァル・マーリーを父に、18才のジャマイカ人(黒人)のセデラ・ブッカーの間にボブ・マーリーは第二次世界大戦終結の年、1945年に生まれてます。

そして父はボブが生まれてすぐボブの元を去り、ボブが10才の時、高齢ですからね〜、、、亡くなり、経済的援助がこれにてボブと母はなくなり、スラム街に移り住んだとか。

このへんの事情。英連邦王国の一国、ジャマイカの微妙なお国柄、白人と黒人の関係のジャマイカ、レゲエに興味のある方は学習してみてはいかがでしょうか?、、、。



世界的なギターヒーローでカリスマだった、若きエリック・クラプトンがボブ・マーリーの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」をカヴァーし、1974年、全米1位の大ヒット曲にしたので(薦められカヴァーする時まで、エリックはボブ・マーリーを知らなかったとか)ボブ・マーリーは世界に知られるようになるわけで、レゲエが一躍!世界で注目される最新の音楽、リズムに70年代半ば頃からなるわけですが、リアルタイムの日本では、マスメディアや音楽関係者が騒ぐほど大衆にそれほど浸透してた記憶は、当サイト運営者はございません、、、。

1999年、タイム誌に「20世紀最高の音楽アルバム (the best music album of the 20th century)」に選ばれた、1977年発表のアルバム「エクソダス」(Exodus)は、アメリカでは最も商業的に成功したアルバムだったようですが、エリック・クラプトンヴァージョン「アイ・ショット・ザ・シェリフ」が全米1位を記録し、日本でもレゲエという音楽が一般的になってから早3年、アルバム「エクソダス」(Exodus)が、日本でチャートの上位にいた、もの凄く売れた、皆が熱狂したという記憶も、当サイト運営者はございmせん、、、。

勿論、私もしかりでしたが、好きな人間は、そりゃーもう!大騒ぎでこのアルバム、この曲を絶賛し感動、感化されておりましたが、時代は空前の和製ふぉーくブームの衰退時期に入ったとはいえ、未だ未だ情緒的なメロディと詞と3フィンガーのリズム好きのコ達には、ジェームス・ブラウンのファンク同様、レゲエのこの独特なリズムとメロディ、受け入れられておりませんでした。



又、このアルバムが発表されたのは1977年。イーグルスの「ホテルカリフォルニア」に日本人は熱狂してた時期とリンクします。ディスコブームのとっかかり、KC&ザサンシャインバンドのピークがそろそろ終わる時期だったでしょうか?。ユーミンの旧作含めアルバムがバカ売れしたのが1976~77年でした。

時代背景はそんな感じでしたので、洋楽好きなコ達もジャマイカよりアメリカのLA(イーグルス、ドゥービーブラザース等)、ジャマイカよりアメリカのマイアミ(KC)、レエゲより「クロスオーバー」、そしてハードロックだったと記憶しております。

一部の熱狂的なファンは別にして、レゲエもパンク同様、実際に日本の若者達に普通に支持され好まれるようになったのは、 1981年5月11日、ボブ・マーリーが死亡した前後から80年代に入ってからの、次世代からだったと、当サイト運営者は認識しております。




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