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ジョン・レノン スターティング・オーヴァー (Just Like) Starting Over - John Lennon [ジョンレノン]





1980年代の幕開けは、1月16日、ウイングスを率い来日、日本公演を行う予定だったポール・マッカートニーが成田空港で、大麻所持による逮捕劇でスタート(公演は勿論、中止)。9月25日のレッド・ツエッペリンのドラマー、ジョン・ボーナムの不慮の死。そして12月4日、サウンドの要とも言えるジョン・ボーナム亡き後のレッド・ツエッペリンは考えれないという感じでしょうか?バンドは正式に解散。

更に続く12月8日のジョン・レノンの暴漢による射殺という事件で、ザ・ビートルズ解散直前から再三再四!、ファンの願望による出ては消えての「ザ・ビートルズ再結成」は、これにて完全に消滅したわけで、60年代70年代初頭から中期の洋楽、ニューロックファンには、80年代は明るい幕開けではありませんでした。

半ば音楽界から引退同然だったジョン・レノンの5年ぶりのスタジオオリジナル録音、久々の新作にして遺作になった、アルバム「ダブル・ファンタジー」 (Double Fantasy)、シングルカットされた、こちら「スターティング・オーヴァー」((Just Like) Starting Over)は全米全英共にアルバム、シングルチャートで1位を獲得。アメリカのビルボード集計によると、ジョン・レノンのソロ作の最大のヒットシングル曲は、こちら「スターティング・オーヴァー」((Just Like) Starting Over)だそう。

ところが!日本ではオリコンアルバムチャートは2位でしたが、こちらシングル「スターティング・オーヴァー」((Just Like) Starting Over)は最高37位で、英米はじめ世界6ヶ国で1位、他4ヶ国でトップ10入りしているのに対し、日本のこのオリコンチャート最高位は、ちと情けない。

まあ、時代がテクノ全盛時代、パンクからニューウェイブ、そして空前のディスコブームのど真ん中だった事もあり(でも同じディスコブームでも、アメリカでは1位になっていた)、また、60年代のザ・ビートルズファンや70年代初頭、中期のニューロックファンが、1980年になるともう、ちょっと大人になり過ぎて、所謂ヒットチャートの世界とかけ離れていたのも原因だったかも知れませんが、ジョン・レノンの死という衝撃の大事件だったわりに、今にして思えば、わりと世間は静かだったような記憶がありますし、同年解散宣言したピンク・レディーや、その2年前のキャンディーズの後楽園球場で行われた解散コンサート「ファイナルカーニバル」の方が、ジョン・レノンの死より一般的には、盛り上がってたような気もします。

あまり2013年現在、昨今のAKB48の狂乱人気を、当時若者だったオッサンは言えないですね(笑)。対称がAKB48か?ピンク・レディーかキャンディーズか、はたまたこの後のおニャン子クラブかの違いなだけで。あまり日本人は今も当時も、変わってない(笑)。






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ジョン・レノン 夢の夢 # 9ドリーム John Lennon - # 9 Dream [ジョンレノン]





1980年の突然の!復活「ダブル・ファンタジー」 (Double Fantasy)迄は、ジョン・レノンのスタジオ録音オリジナルアルバムは、こちらが最期だった1974年の「心の壁、愛の橋 (Walls and Bridges) の中の、全米1位をマークした「真夜中を突っ走れ」(Whatever Get You Thru The Night)に続きシングルカットされ全米9位をマークした「夢の夢 # 9ドリーム」(# 9 Dream)。

アメリカと違い「真夜中を突っ走れ」(Whatever Get You Thru The Night)同様(オリコン72位)、リアルタイムあまり日本では大ヒットした記憶がない(オリコン97位)、されどザ・ビートルズ、ジョン・レノンファンにはお馴染み!の名曲ですね。

何故?このシングルカットされアメリカで大ヒットした2曲が、しかもあの!ザ・ビートルズのジョン・レノンの楽曲なのに!日本では受け入れられなかったのか?、未だに当サイト運営者には「謎」なのですが、前年の1973年に方やポール・マッカートニーは、ザ・ビートルズ解散後のそれまでの劣勢(?)を一気に挽回する、「マイラブ」「バンド・オン・ザ・ラン」「ジェット」の連続ヒット、アルバム「レッド・ローズ・スピードウェイ」「バンド・オン・ザ・ラン」と傑作アルバムを出し、ウイングス絶頂期に突入してるので、このへんで少なくとも日本では、ジョンとポールの形勢が逆転したと言えなくもないです。

日本でザ・ビートルズ解散後に思春期を迎え、1970年代のポール・マッカートニー、ウイングスを知って好きになって、後追いでザ・ビートルズを知った好きになったという人には何人も会った事がありますが、ジョン・レノンのソロ作を知って、後追いでザ・ビートルズを知った好きになったという人には、「イマジン」の例はあっても、それ以降の作品で当サイト運営者は一人も会った事がないんですね、、、。

ジョン・レノンファン=ザ・ビートルズファン。

ポールのウイングスと違い、プラスティック・オノ・バンドが大好きで、後追いでザ・ビートルズを好きになったという方にも、当サイト運営者は会った事がなく、後追い含め「ザ・ビートルズが好きだから」ジョン・レノンのソロ作も聴いてた買っていたという方が、大多数なのではないでしょうか?。ポール・マッカートニーのように「ウイングスのポール」というソレは、ジョン・レノンには存在しないと思っております。「ジョンとヨーコ」になると、これは音楽とは異なる、イデオロギーとかライフワークの好み、支持不支持の問題になるので、「ジョンとヨーコ」に興味を抱いてジョン・レノンに興味を抱いた層は、又、ちょっと違うかなと。






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ジョン・レノン 真夜中を突っ走れ John Lennon - Whatever Get You Through The Night [ジョンレノン]





1974年に発表されたジョン・レノンの個人名義第4作アルバム「心の壁、愛の橋」(Walls and Bridges) に収録。シングルカットされ全米1位を記録した「真夜中を突っ走れ」(Whatever Get You Thru The Night)。されど、この曲は日本ではそれほど売れなかったと記憶しております。

所謂「失われた週末」、小野洋子さんと別居生活をしてた頃のアルバム、楽曲で、プラスティックオノバンドからメンバーとしてやってる、ザ・ビートルズの「リボルヴァー」のジャケットを描いたので有名、、ザ・ビートルズ公式デビュー前を描いた映画「バックビート」でも、頻繁に役で登場しているクラウス・フォアマンがベース、ジョージ・ハリスンの「バングラデッシュのコンサート」にも参加してるジム・ケルトナーがドラム。

ザ・ローリング・ストーンズやジェフ・ベックとの仕事でもお馴染み!ニッキー・ホプキンスがキーボード。そしてエルトン・ジョンもゲスト参加してる、他メンバー含めなかなか豪勢なアルバム、楽曲だったわりに、日本では何故か?あまり売れなかった「真夜中を突っ走れ」(Whatever Get You Thru The Night)。

翌1975年に、R&Rのカヴァーアルバム「ロックン・ロール」(Rock 'n' Roll)を発表し、ジョン・レノンは音楽シーンから遠ざかり、1980年「ダブル・ファンタジー」 (Double Fantasy)で 復活したら、残念ながら撃ち殺されてしまったわけであります。

よって、1970年代後半の記録というのは音楽シーンではジョン・レノンは全くありません。オリジナルアルバムとしては、こちら「真夜中を突っ走れ」(Whatever Get You Thru The Night)収録の「心の壁、愛の橋」(Walls and Bridges) が、当時は最期だったという事になります(「ダブル・ファンタジー」 (Double Fantasy)が遺作になりますが)。

1970年代半ばから後半、元ザ・ビートルズのポール・マッカートニーのウイングスは絶好調であり、方やジョン・レノンは70年代後半、音楽活動をしていなかったので、1970年代のウイングスでポールを知り、後追いでザ・ビートルズファンになった方は、わりとジョン・レノンの評価が低かったりする場面に(特に後期のザ・ビートルズが好きな方に顕著)、当サイト運営者は幾度か遭遇しておりますが、その原因はこのへんの70年代半ばから後半の、ジョンとポールの音楽活動にあるのかも知れませんね。全米1位の「真夜中を突っ走れ」(Whatever Get You Thru The Night)は日本ではあまりヒットしませんでしたし、「ロックン・ロール」(Rock 'n' Roll)はカヴァーアルバムですし、その後、ジョン・レノンは全く音楽活動してませんでしたからね。






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ジョン・レノン イマジン Imagine - John Lennon [ジョンレノン]





ポール・マッカートニーのページでも触れておりますが、ザ・ビートルズ解散から暫くの間は、ポール・マッカートニーと小野洋子さんに、その責任が批評家や心ないファンから集中しており、ジョン・レノンは、当時の和製ふぉーくブーム的らしい表現「ジョンは傷ついていた」と、被害者扱いする人が多く皆、同情的でした(ジョージ・ハリスンに対してもしかり)。

更に「愛と平和」の正義の使徒、ジョン・レノンのイメージを決定ずけるこちら大ヒット曲「イマジン」(Imagine)も、その「空気」に拍車をかけていましたね。

ジョン・レノンは妻の小野洋子さんとザ・ビートルズ解散前から、アメリカのベトナム戦争反対運動してましたし、そのアメリカの支持を表明したイギリスにジョンは大英帝国勲章を返還してますから、1971年発表された「イマジン」(Imagine)は、確かに当時のジョン・レノンそのものの楽曲であり、又、ザ・ビートルズ解散以前に結成したプラスチック・オノ・バンドやソロアルバムでは、ジョージ・ハリスンやリンゴ・スターのザ・ビートルズメンバー、当事のカリスマであったエリック・クラプトン、ポールに代わる旧友のベーシスト、クラウス・フォアマンも参加しており、なんとなーく我が儘ポールだけが村八分になってる感を、ファンに感じさせましたし、、、。

方やポール・マッカートニーは、ザ・ビートルズがライブをやめ、スタジオでのレコーディング活動だけになってから顕著になる多重録音のやり方。妻リンダ・マッカートニーが一部の曲のバック・ヴォーカルに参加する以外、全ての楽器を一人で演奏し多重録音したアルバム「マッカートニー」や、少数のゲストを招くもやり方は同じの「ラム」を発表。自らその村八分のポール・マッカートニーを印象ずけてしまったのも、ポールのイメージを悪くさせた原因だったかもしれません。

ポールの一人多重録音は、昨今、安価の録音機材登場によって、多くの有名無名問わずミュージッシャンがやってるやり方ですが(この2枚のアルバムは今の方が評価が高い)、当事、この手の一人マルチプレイヤーのやり方は一般的ではなかったので、ジョンの方が仲間を大事にしてる正しいバンドマン、ロッカーのスタイルに誰もが感じたのも、ポールには分が悪かったですし、なんと言ってもジョンには「愛と平和」という大義名分が「イマジン」(Imagine)の大ヒットで決定的になり、その使徒のような扱いもされていたのも、「ジョンは傷ついていた」的な評価をされていた原因かも知れませんね。

まあ、情報溢れる昨今、実はジョンよりポールの方が、かなり「傷つけられていた」と感じる、評価する後追いのザ・ビートルズファン、ジョン・レノン、ポール・マッカートニーファン多いと思いますが、リアルタイムの空気はこんな感じだったという事で、、、。






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冷たい七面鳥 コールドターキー John Lennon Cold Turkey [ジョンレノン]





ジョン・レノンがザ・ビートルズ崩壊寸前、それまでのレノン=マッカートニー名義ではなく、初めて!ジョン・レノン名義で発表した作品(その前のソロ、「平和を我等」にはレノン=マッカートニー名義だった)。

当サイト運営者の個人的な感想ですが、ザ・ビートルズ解散が決定してからより、解散前の悶々としてる頃の方が、ジョン・レノンのソロ名義の曲は面白いと公言してる、天才!ジョン・レノンならではの、これは作品だと思っております。

問題はこの曲、コールド・ターキー(Cold Turkey)「冷たい七面鳥」を当初、ジョン・レノンはザ・ビートルズで発表したかったようなのですが、ポール・マッカートニー始めメンバーに反対され、結局、自身のプラスチック・オノ・バンドで発表した事で、又、この曲のドラムはそのザ・ビートルズのリンゴ・スター(っぽいと言えばぽいドラミングではないでしょうか?)。

ザ・ビートルズファンならお馴染み、ポール・マッカートニーを追い出して新しいベーシストとしてザ・ビートルズに入れようなんて噂もあった、彼等の旧友、クラウス・フォアマン(アルバムリボルバージャケットデザインをされた方。映画「バックビート」でもお馴染み)。

ギターに、これ又、ザ・ビートルズファンならお馴染み、ジョージ・ハリスンがメンバーともめた時、ジョージの代わりにエリックを入れようと、冗談だか本気だかわからない発言をジョン・レノンがしたと噂のある、当時、世界1人気のあったスーパーギターヒーロー、エリック・クラプトン

で、プラスティック・オノ・バンドにはジョージ・ハリスンも参加してますので、ザ・ビートルズのメンバーで参加してないのは、ポール・マッカートニーだけという事もあり、この時期、相当!二人の確執は根深かったのだろうと、この後、解散劇が起きますから普通、想像いたしますが、、、



同年1969年、この曲の前に、ザ・ビートルズ名義で発表されたシングルレコード「ジョンとヨーコのバラード」(The Ballad of John and Yoko)を、ジョン・レノンはジョージ・ハリスン、リンゴ・スター抜きで!アコースティックギターとリードボーカル以外の楽器は、ポール・マッカートニーが全て受け持ち(コーラスも勿論)二人でレコーディングしてる「なんだよ、仲良いんじゃん」と思わせる記録に残っているわけで、まったくザ・ビートルズの人間関係は複雑怪奇、第三者にはわからない謎の部分が多々ございます。

日本ではこちら「冷たい七面鳥」(Cold Turkey)は、1970年1月10日に発表されておりますので、1970年代ソングなのでありますが(笑)、その後、1970年3月25日、ザ・ビートルズ名義で発売された、かの!有名なシングル「レット・イット・ビー」(Let It Be)と、この「冷たい七面鳥」(Cold Turkey)の楽曲、サウンドの強烈なギャップ!!、、、そしてこの後、ザ・ビートルズ解散。

当時の若者達は何を感じたでしょうか、、、。









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ジョンレノン ウーマン John Lennon - Woman [ジョンレノン]





1970年代はザ・ビートルズ解散ではじまり、1980年代は衝撃の1980年12月8日、ジョン・レノンの死で始まった。なんて事をよくほざいてるほど、当サイト管理人は大の!ザ・ビートルズファンでございますので、80年代に入っての曲ですがアップさせていただきます。

リアルタイムはこちらも若者でしたので長く感じましたが、今、年をくって思えば、ザ・ビートルズが解散してから、たったの10年しか生きられなかったジョン・レノン。せつないです。

60年代のザ・ビートルズの世界的な大ブームと解散、私生活でも色々あった70年代初頭。今の若者文化は私には何もわかりませんが、かつてロックミュージシャンの生き様、発言が、その提供される音楽以上に若者達に強い影響力を与えていた時代、その先駆けになったのはジョン・レノンであり、ジョン・レノンの思考、発言、行動で多くのミュージッシャン、ロッカー(他、芸術家、果ては一般人まで)はその勇気をもらい、皆、ジョンを真似た。1975年以降、シーンから殆ど消えていたジョン・レノンは、そんなこんなに疲れてもう音楽家は引退したのだろう。ザ・ビートルズの再結成もないだろう。ジョンは家族で静かな暮らしをしてるのが幸せなのだろう。と勝手に思っていたら、突然!5年ぶりに発表されたアルバム「ダブルファンタジー」(Double Fantasy) 。

ファンを狂喜乱舞させてくれましたが、まさかこのアルバムが遺作になるとは、世界中の誰もその時はそんな事、思いもしていなかった事でしょう。

「今は音楽活動をしていない、自分の曲が良いものか悪いものかも判断ができない。だめならだめだと言ってくれ」

ジョン・レノンがデモテープをプロデューサーに渡した時の台詞だそうですが、あれほどの天才、巨匠にしては何て謙虚な言葉だろう、やっぱりジョンは凄いなと、何でもファンというのは感動してしまうわけですが(笑)、そのアルバムの中の1曲がこちらウーマン(Woman)。

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