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フリー ミスタービッグ Free Mr Big [フリー]





ブルースブーム吹き荒れる1960年代後半に、イギリスで結成されたフリー。

1968年発表のデビューアルバム「トンズ・オブ・ソブス」(Tons Of Sobs)は、商業的に不発なれど、1969年、当時カリスマギタリストであったエリック・クラプトンがクリーム解散後、同じくクリームのジンジャー・ベイカー、スティーブ・ウィンウッド等と結成したスーパーバンド、ブラインドフェイスアメリカ公演の前座をつとめた事で、知名度がアップしたそうで、同年発売のセカンドアルバム「フリー」(Free)が全英チャートのトップ30入り。

そして翌1970年発売のシングル「オール・ライト・ナウ」が全英2位、全米4位の大ヒットになり、サードアルバム」「ファイアー・アンド・ウォーター」(Fire And Water)も英米で大ヒット!。こちら「ミスタービッグ」(Free Mr Big)は、こちらのアルバムに収録されており、日本でもコアなニューロックファン達の間で、フリーの名前は一気に広まるわけです。

で、何故?コアなニューロックファンと限定するかと言えば、翌1971年のフリー来日公演は、神田共立講堂、サンケイホール規模だったからで(前座は成毛滋グループ、モップス)、同時期のシカゴやレッド・ツエッペリン、BS&Tが日本武道館、グランド・ファンク・レイルロードに至っては後楽園球場だった事を思うと、少し公演会場は小規模だからで、当時、一般的なポップスファン、洋楽ファンまでは、フリーの名は轟いていなかったのかな?と思うからであります。

まあ、唯、このフリー来日公演の1971年は、シングル「ステイラー」、4枚目のアルバム「ハイウェイ」(Highway)は不発に終わり、人気のピークは去っていた感もなく、来日公演のフリーの演奏、ステージの評判は素晴らしいソレだったようですが、なんと!来日公演後、解散。

ここでフリーがピリオドをうっていたら、本当に短命なグループだったわけですが、僅か9ヶ月後の翌1972年2月には再結成。日本の山内テツ氏と、キーボードのラビット(ジョン・バンドリック)が新たに加入。再結成したわりにアルバムタイトルは意味深な「フリー・アット・ラスト」(Free At Last )を発表。その後アンディ・フレイザーは脱退。山内テツ氏が正式メンバーになり、人気の高かった(今も?)ギターのポール・コゾフを抜かした陣容で、エマーソン・レイク&パーマと二度目の来日。山内テツ氏は凱旋帰国を飾ったわけであります。

で、前作はラストではなく再び、1973年アルバム「ハートブレイカー 」(Heartbreaker)を発表後、フリーは自然消滅。完全に終るわけであります。






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Free - All Right Now フリー [フリー]





1967年、ポール・ロジャース(Vo)、ポール・コゾフ(G) 、サイモン・カーク(Ds)、アンディ・フレイザー(B)の4人で「フリー」結成。結成当初全員ティーンエイジャー。

バンド名「フリー」は、「ブリティッシュブルースの父」と言われる、若きジャック・ブルース(クリーム)、チャーリー・ワッツ、ブライアン・ジョーンズ(共にローリング・ストーンズ)が無名の頃、自身のバンドで採用していたアレクシス・コーナーに才能を認められ、コーナーが組んでいたバンド「フリー・アット・ラスト」から頂戴しています。

1968年のアルバムデビュー後、僅か3年後の1971年5月の初来日公演の直後に解散。原因はメンバーの不仲だそうですが、しかし僅か3年の活動(1度解散し再結成し又、すぐ解散)だったわりに当時のフリーの母国英国と日本でのニューロックファン達の人気、熱い支持というのは、凄かったですね。


フリー・ライヴ+7


ファイアー・アンド・ウォーター+6


ベスト・オブ・フリー&バッド・カンパニー・イヤーズ

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ウイッシングウェル FREE - Wishing Well (1973) [フリー]





マイク真木氏のバック・バンド、ミッキーカーチス&サムライのメンバー(海外遠征あり)。麻生レミさんのバック・バンドで活躍していた、日本の山内テツ氏がベーシストとしてフリーに参加。作曲にも関わってる全英チャート最高位7位、日本でも人気の高かった(フリー自体がコアなロックファンには人気が高かったから。今もですが)1973年の「ウイッシングウェル」Wishing Well

1972年7月、エマーソン・レイク・アンド・パーマーとともにフリーは再来日(コゾフは不参加)。日本の山内テツ氏の凱旋帰国が実現した翌年の1973年初頭、アルバム「ハートブレイカー」Heartbreaker発表後、バンドは自然消滅のような形で解散。山内テツ氏はその後、ロニー・レーンの後任として、あの!ロッド・スチュワートのいたフェイセズに加入。

フェイセズでも山内テツ氏は凱旋来日公演を実現しております(1978年。竹田和夫氏率いるクリエイションのメンバーとして、海外公演も行っております)。

その「ハートブレイカー」A面1曲目がこちら「ウイッシングウェル」なわけですが、フリーというより、この後フリーのポール・ロジャース(Vo)、サイモン・カーク(Dr)が結成したバンド、バッドカンパニーにより近い、よりアメリカンマーケット向きのキャッチーでポップなハードロックという感じでしょうか?。

ちなみに今もコアなファンの多い、ギタリストのポール・コゾフはドラッグ癖が原因で1976年、心臓病により死去。

現在は婚姻関係は解消されてるようですが、ポール・ロジャーズは日本人女性、 野添真智さん、マチ・ロジャースと当時、結婚いたしました。 野添真智さんは、現在(2011年)初老中高年にはお馴染みのTV「キーハンター」「川口探検隊」、実は!大映映画の重役、川口松太郎故氏の御子息、川口浩氏の奥様、東京市牛込区(現東京都新宿区富久町)出身、こちらも「キーハンター」で有名な野添ひとみさんの妹さんでございます。




バンド・スコア ポール・ロジャース・ベスト <フリー〜バッド・カンパニー>


ベスト・オブ・フリー&バッド・カンパニー・イヤーズ


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