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グラハム・セントラル・ステーション Graham Central Station - Pow [グラハムセントラルステーション]





近年はスラップで統一されているようですが、当時は「チョッパー」。チョッパーベースという名前を、おそらく日本人に初めて知らしめたのは、諸説ございますが、こちらラリー・グラハム。彼の率いるグラハム・セントラル・ステーションでしょう。


グラハム・セントラル・ステイション
1967年、人種性別混合ファンクロックバンド、スライ&ザ・ファミリー・ストーンに加入した黒人ラリー・グラハムは、ドラマーのイタリア系白人のグレッグ・エリコともの凄いグルーヴを作りだし、スライストーンが人気バンドになるリズムを担ったわけですが、人気絶頂期に薬物の影響で人格に荒廃を来たしたスライは、仲の悪いラリーにバンドの主導権を乗っ取られるのではないかとの妄想に取り憑かれ、銃を振り回し、何度となく逮捕起訴され、スライがラリーを殺そうとしたこともあるそう。

このへんはお互いドラッグ中毒で猜疑心が強くなったエリック・クラプトンとジム・ゴードンの軋轢でバンドが崩壊した「いとしのレイラ」でお馴染み、デレク&ドミノスに似ており、流石にラリー・グラハムはスライの元を離れ、1973年にこちら、彼自身のバンド、グラハム・セントラル・ステーションを結成したという、もの凄いエピソードがラリー・グラハムあるんですね〜。

まあ、日本で当時、グラハム・セントラル・ステーションはチャートを賑わせる飛び抜けたビッグヒットがあったわけではありませんが、ラリー・グラハムのチョッパーベース奏法は、当時のディスコブーム前の「踊り場」好きの「とっぽい」連中やDJ、プレイヤーサイドに圧倒的に支持されていた、その界隈で!とても人気の高かったグループです(今も)。

一般にチョッパーベースがディスコフリークに認知されるのは、もう少し後のブラザース・ジョンソンのルイス・ジョンソンから。ロックキッズ達はジェフ・ベックと競演した事でスタンリー・クラークから。

和製ふぉーくファンのコ達は、後藤次利氏の「チョッパーズブギ」から、そして誰もが知るようになるのは80年前後のフュージョンブームからだったと、管理人は「独断と偏見」で(笑)認識しております。「独断と偏見」ですので、「あたしはオレは違う!」というクレームはうけつけません(笑)、例外は山ほど!あるでしょうから。あくまでも私個人のリアルタイム若者で過ごした空気、想い出、感覚、感想の「独断と偏見」の認識という事を、ご了承くださいませ。

ラリー・グラハムは、日本のオリジナルギター製作界の大御所、巨匠!表克美 (Moony)氏作の「MOONベース」も使用しております。









いかしたファンキー・ラジオ


ダイナマイト・ミュージック


DVD版「ラリー・グラハム/ファンク・ベース・アタック」

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