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素顔のままで ビリー・ジョエル/Billy Joel - Just The Way You Are [ビリージョエル]





1977年発表の、ビリー・ジョエル通算5枚目のアルバムからのシングルカットされ、日本でも大ヒットした「素顔のままで 」(Just the Way You Are) 。

まあ、日本では実質ビリー・ジョエルが一般的に名を知られるのはこのアルバムからで、何故か?日本独自のシングルカットになった同アルバム収録の「ストレンジャー」が、一般洋楽ポップスチャートは勿論、当時の踊り場、ディスコでも人気になり(オリコン最高位2位)、こちら「素顔のままで 」(Just the Way You Are) 同様、売れに売れ、ビリー・ジョエルは一躍!日本で有名になりました。

勿論、日本に限らずアメリカでも、それ以前は4枚もアルバムを発表してたのですから、それなりにそこそこ日本と違い名は知られてたそうですが、ビリー・ジョエルの名が知れ渡るのはこのアルバムからだったそうで、こちらのアルバムは1978年のグラミー賞にまで輝いてる、70年代後半を代表する1枚。

日本ではよくある話しですが、こちらのアルバムが大ヒットしてから、ビリー・ジョエルの過去のアルバム、楽曲もファンに注目され、特にセカンドアルバムに収録されていた「ピアノマン」は、今でも日本でもよく知られているほど、アルバムは元より「素顔のままで 」(Just the Way You Are) と「ストレンジャー」のシングルヒットの影響で、後追いでロングヒットになった曲であります。




時代的には1976年はアメリカ独立から200周年で、当時の日本の若者は、今の若者には想像もつかないほど!戦後日本のアメリカの占領政策、プロパガンダの大影響で、幼少の頃からアメリカのテレビドラマ&映画&音楽に慣れ親しんでいた事もあり、もの凄く!アメリカナイズされていたので、まあ、よその国の事なのに、我が事のようにアメリカ独立200周年を祝ってた感があり(笑)、ファッションは元より、音楽もボズ・スキャッグスやイーグルス、ドゥービーブラザーズ、リンダ・ロンシュタット等と共にビリー・ジョエルは、そんなアメリカナイズされていた若者達に圧倒的に支持されたわけであります。




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ビリー・ジョエル Billy Joel/ストレンジャーThe Stranger [ビリージョエル]





まあ〜所謂「おかまダンス」ですね。

アメリカは勿論、日本でもビリー・ジョエルの名を一躍有名にした、踊り場→ディスコに完全に流れてきた、この後の空前のディスコブームのとっかかりになる1977年、ビリー・ジョエル通算5枚目のアルバム「ストレンジャー」 (The Stranger)のタイトル曲。このアルバム、シングルの成功によって旧作の「ピアノ・マン」(Piano Man)等も再評価され、この後のアルバム「ニューヨーク52番街」(52nd Street)も売れに売れ、当時、日本ではボズ・スキャッグス、ボビー・コールドウェルなどと共に、ちょっと大人の洒落た「AOR」と言わ、同じようにもてはやされましたが、近年、ビリー・ジョエルをAORとはあまり言わないようです。

で、こちら「ストレンジャー」 (The Stranger)は、アルバムは北米でも(最高位2位)日本でも売れまくりましたが、時期的にパンクブーム吹き荒れていたイギリスでは、そこそこ(全英は24位)。タイトル曲の「ストレンジャー」 (The Stranger)がシングルカットされヒットしたのは、なんと!日本だけだったそう。

「ストレンジャー」 (The Stranger)の翌年1978年、それ以前からのビージーズのディスコサウンドアプローチ同様、本来、あまり踊り場、ディスコとは関係のなさそうなバリー・マニロウの「コパカパーナ」、ロッド・スチュワートの「アイム・セクシー」、ザ・ローリング・ストーンズの「ミスユー」がディスコヒットしており、ロッドやストーンズは勿論イギリスですが、既にディスコマーケットはイギリスに限らず、スウェーデンのアバをはじめ、フランス、ドイツ勢も参入しており、本家北米アフロアメリカンのアースウインド&ファイヤー、クール&ザ・ギャングも、それまでのファンク路線からディスコサウンドに路線を変更。ソロになったマイケル・ジェクソンも売れに売れ、空前の!ディスコブームがやってきたわけでございます。







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1973年全米でヒットしたが、日本では後追いで数年後に知れ渡ったビリー・ジョエル PIANO MAN 訳詞付 / ビリー・ジョエル ピアノマン [ビリージョエル]



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1973年、ビリー・ジョエルのアメリカでの初ヒット、彼にとって初となるゴールドディスク認定作品アルバムからの、タイトルナンバー。

とはいえ1973年のリアルタイム、日本でヒットした記憶は管理人は全くなく、この4年後「ストレンジャー」の爆発的大ヒットで日本でも有名になったビリー・ジョエルのファン達の中の、また熱心なファン達が後追いで好きになって、そして口コミで有名になった曲という日本は感じでしょうか?。このへんは「呪われた夜」「ホテルカリフォルニア」のヒットによって、それ以前の1970年代初頭のイーグルスナンバーを、後追いで好きになった日本人達、イーグルスに似てるかもしれないです。

ビリー・ジョエル。ニューヨーカーなのですが、父上はヒトラーナチから逃れてきたユダヤ人アメリカ亡命者で、少年時代ビリー・ジョエルは「いじめ」からの自己防衛の為、ボクシングをはじめ試合にも出場するほど腕をあげるも、鼻の骨を折られボクシングの道は断念。ハイスクール時代、バーでピアニストとして働いていたために英語の単位を落とし、中退。

音楽で身をたてようと活動を続けるも、鳴かず飛ばず、鬱病にも悩まされ、極度の神経衰弱から精神病院入院も経験してるビリー・ジョエル。日本では「ストレンジャー」が、当時の空前の!ディスコブームにものったり、当時、ボズ・スキャッグス等で人気の「AOR」にも、一時、ビリー・ジョエルは日本のレコード会社の販促の都合で属された事もあり、AOR特有の「都会的」だの「洗練された」だの、マヌケで稚拙なコピーが当時は流行っていたので(笑)、ビリー・ジョエル(ボズも)はファンの方々はよく御存知でも、錯覚したイメージをもったまま年を重ねてる初老中高年、とても多いですが、ビリー・ジョエルの半生を思い、この訳詞をみながら聴く「ピアノマン」、管理人はぐっときます。素晴らしい名曲!、、、。





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