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バングラデッシュのコンサート ジョージ・ハリスン、エリック・クラプトン George Harrison - While My Guitar Gently Weeps [ジョージハリスン]



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ビートルマニアを兄に持つ西新宿の八百屋の倅、上野クンが当サイト運営者のザ・ビートルズの師匠だったわけですが、その上野クンにザ・ビートルズのジョージ・ハリスンとリンゴ・スターが登場するからという理由で、新宿武蔵野館まで連れていかれた映画が「バングラデッシュのコンサート」。

今と違い情報も乏しい時代だったので、ザ・ビートルズ、ジョン、ポール、ジョージ、リンゴの名前を見つけたら、何でも飛びついてましたね。わりと近年リバイバル上映され、若い女のコに支持された「キャンディ」も、リンゴが出演していたので歌舞伎町まで観にいったし、ヤア!ヤア!ヤア!やヘルプ、イエローサブマリンの名画座での抱き合わせ上映、ビートルズ祭りみたいな上映やってると、新宿でも渋谷でも銀座でも横浜(確か?相鉄スカラ)でも、何処でもすっとんでいっていました。

ファンの方には定説ですが、エリック・クラプトンの心身ともに状態のよくなかった時期の登場ライブなわけですが、当時、中坊だった当サイト運営者はそんな事わかるわけもなく、エリック・クラプトンのルックスにノックアウトされました(笑)。

それまでザ・ビートルズも小学校時代のグループサウンズブームの時も、バンドとして楽しんでいたので、ギタリストがカッコいいと思ったのはこの時が初めてで、理由はエリック・クラプトンのルックス(笑)。とにかくカッコいい、素敵と、まるで女子中高生のごとく眼がハートになったものでした(笑)。

「バングラデシュ・コンサート」(The Concert for Bangla Desh)は、ジョージ・ハリスン主催のチャリティ・コンサート「バングラデシュ難民救済コンサート」を収録した記録映画&サウンドトラックレコードで、まあ、年を追う事に巨大なイベント、1バンド、シンガーの巨大ライブなどが当たり前になりましたので、当時のインパクトは次第に薄れていますが、当時、繰り返しますが情報も乏しかった時代。「バングラデシュ・コンサート」は洋楽ファン、ロックキッズ、ビートルマニア達の間では、壮大にして崇高な記録的な大イベントだったわけであります。






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マイスィートロード ジョージ・ハリスン George Harrison - My Sweet Lord live HD [ジョージハリスン]





1970年末に発表され、全米全英1位を獲得。日本では1971年初頭、大ヒットした、ジョージ・ハリスンの「マイ・スイート・ロード」(My Sweet Lord)。

1972年発表、上映されたバングラッシュ難民救済コンサートを映画化した「バングラデッシュのコンサート」。新宿武蔵野館で当サイト運営者みて、情報も少なかった時代ですし、動くザ・ビートルズやエリック・クラプトンを観る機会というのは、そうそうなかったので、とても興奮、感動した、こちら個人的に想い出深い映像&音源ですね〜。後ろでスライドギターを弾いてるのがエリック・クラプトン。

ザ・ビートルズ解散後、こちらのコンサートでザ・ビートルズの盟友リンゴ・スターやエリック・クラプトン、ビリー・プレストン、レオン・ラッセル、ボブ・デュラン等を集めたライブや、サザンロック系のミュージッシャンを集めたアルバム作りなど、「お友達」の多い所をみせつけたジョージや、プラスチック・オノバンドやレコーディングで、同じくザ・ビートルズのリンゴ・スター、ジョージ・ハリスン、ザ・ビートルズファンにはお馴染みのクラウス・フォアマン、そしてエリック・クラプトン等との仕事をしていたジョン・レノンも「お友達」の多い所をみせつけていたのに対し、ポール・マッカートニーは妻のリンダに声で手伝ってもらう以外、全ての楽器を一人で演奏するマルチレコーディングによるアルバムを作り発表、「孤立」の印象があったのも、ザ・ビートルズ解散後、数年は、小野洋子さんと共に、その原因をポール・マッカートニーにあったという、心ない批評家、ファンからの風評の原因だったかも知れないですね。

それほどザ・ビートルズ解散後当時のジョージ・ハリソンは、よっぽどジョンとポールの影でザ・ビートルズ時代は不遇、虐げられていたに違いない、余計な詮索、特に日本人は判官贔屓ゆえ(笑)、普通に思わせる、驚くほど元気で活動的で、話題のミュージッシャンでありました。

まあ、こちらの映像はその真っ最中だった筈の、妻のパティ・ボイドをエリック・クラプトンにジョージが寝とられたのも、判官贔屓の日本人の琴線に触れたかもしれないですし、この手の不倫ネタはワイドショー的に女性にも注目を浴びていたので(笑)、ジョージは当時そのキャリアの中で、日本で最も!人気が高かった時期だったと思っております。

アメリカの女性アイドルグループ、シフォンズ(en:Chiffons)の1963年の全米No.1ヒットナンバー「イカした彼」(He's So Fine)の盗作疑惑で訴訟にまでなった、↓こちらが、シフォンズの「イカした彼」。






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ギブミーラブ/ジョージ・ハリスン [ジョージハリスン]






リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド
1973年発売のアルバム『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』Living in the Material Worldからのシングルカットされ、大ヒットした、とてもジョージらしい美しい曲ですね。

ザ・ビートルズ時代の仲間、ポール・マッカートニー&ウイングスの不滅の!名曲「マイ・ラヴ」が4週連続ビルボード1位を独走、5週目を阻止したのが、ジョージのこの曲であり、日本でも大ヒットいたしました。ジョンもジョージも未だ存命中だった70年代は、解散したとはいえ、ザ・ビートルズファンにはとても幸せな時代でした。

ちなみにこの年、例の通称「青盤」「赤盤」、『ザ・ビートルズ1962年〜1966年』『ザ・ビートルズ1967年〜1970年』が発売され、ザ・ビートルズのものなら何でも買う!手に入れたいと思っていたので、既に手持ちのレコードと重複するソレでしたが(笑)情報も少ない時代でしたので、当サイト運営者もこのレコードについていたビートルズ年表や解説は、とても!参考にさせていただき、勉強させていただきました。

特に!ジョージ・ハリスンのこの時期の活躍ぶりは突出したものがありましたが、ザ・ビートルズ解散から既に3年たっていても、ザ・ビートルズ人気、メンバー個々の人気、実力、全く!衰えていなかったわけですね〜。








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バンドスコア ジョージハリスン ベスト (バンド・スコア)



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ベスト・オブ・ジョージ・ハリスン

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