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ジョー山中 フラワートラベリンバンド サトリ Flower Travelling Band - Satori - 1971 [ジョー山中]





1970年結成。1973年解散のフラワートラヴェリンバンドが、日本でもう少し当時、評価されていたら、日本のロックの歴史も変わってたかもしれないだろうなと、ある年齢以上のコアなジャパニーズロックファンなら、誰もが一度は思うのではないかと思いますね。

フラワートラヴェリンバンドは、1970年の大阪万博出演中に知り合ったカナダのロックバンド、ライトハウスに見出されカナダへ渡り、ライブ活動を重ね評価を上げアメリカのアトランティック・レコードと契約。アルバム「SATORI」をアメリカとカナダで発売。同アルバムから「SATORI Part2」がシングル・カットされカナダのチャートに入り、ライトハウスの他、ELP、ドクター・ジョンなどのミュージシャンと競演ライブも行い、1972年3月に凱旋帰国。

凱旋ライブを行うも、日本のマスコミが彼等のカナダでの活動、活躍を全く報道しなかった、メディアが日本の歌謡界しか興味を抱いてなかった(その方が商売になるし)ので、集客はままならず、更に!1972年3月という時期も運が悪く、それまで脈々とアンダーグラウンドに流れていた、又、ヒット曲も出していた和製ふぉーくムーブメントが、吉田拓郎氏の「結婚しようよ」の爆発的な大ヒットにより、遂に!日本全国で決定的な!和製フォークムーブメントの広がりになるわけで、この「結婚しようよ」の発売が1972年1月21日。正に!フラワートラべリンバンドが凱旋帰国した頃、日本全国の若者達は ♩ボクの髪〜が〜肩まで伸びて〜 だったのも、時期が悪かったわけであります。

更に「結婚しようよ」の大ヒットは、未だ童貞と処女で色気ずいたばかりの思春期のとばくちの少年少女に、なんとなーく近未来の自分を想像できる夢を与える、かなりのポエムとメルヘンな楽曲でしたので、このヒットは和製ふぉーくムーブメントの低年齢化、ある種の少し前のGSブームに似た現象をこの後起こすきっかけになったわけで(特にエレック系)、興味がある若者は、どっちが優劣というのではなく、当時の和製ふぉーくのヒット曲を集めiPodに入れ、最期にフラワートラベリンバンドのこちら「サトリ」(Satori)とそのパート2、「ヒロシマ」「ウーマン」等を入れて聴き比べてみると良いと思います。

低年齢化した和製ふぉーくムーブメントの当時の若者達が求めていた、好んでいたサウンドと詞と、フラワートラベリンバンドのソレと(ブルースクリエイションもしかり)、同じ時代なのに如何に異なるものだったか?よくわかると思いますので。繰り返しますが、どちらが優で劣とかではなく、時代の空気という比較論ですので、お間違えのないように。

更にフラワートラベリンバンドの不運は、1973年1月に初来日予定だったザ・ローリング・ストーンズの日本公演の前座は彼等が予定されていたのですが、ご承知の通りドラッグ容疑で入国許可がおりずストーンズの初来日公演は中止になってしまったのも、フラワートラベリンバンドにもジャパニーズロック史にも痛手だったと思われます。






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ジョー山中 Flower Travellin' Band/SATORI Pt.2 [ジョー山中]





当サイト、日本のバンド初登場は、やはり礼儀としても!、日本最強、最高のシンガー!ジョー山中氏のFlower Travellin' Band以外にはないでしょう。

協栄ボクシングジム(当時、金平ジム)でボクシングもやっていた元ボクサー、元4.9.1のジョー山中氏(Vo)、元ビーバーズの石間秀樹氏(G)、元タックスマンの上月ジュン氏/現:小林ジュン(B)、元フラワーズの和田ジョージ氏(Dr)の4人によって1970年2月に結成。フラワーズに在籍していた内田裕也氏がプロデュース。

世界に通じる日本のロックバンド!、日本のロックバンドの世界進出!を、既に1970年代初頭から視野に入れていた内田裕也氏プロデュースの最初のバンドであり、カナダ遠征後、アメリカのアトランティック・レコードと契約、アルバム「SATORI」をアメリカとカナダで発売。


サトリ
同アルバムから「SATORI Part2」がシングルカットされカナダのチャートにも入ったのですが、当時の日本のマスメディアは、日本の歌謡芸能の世界のゴシップに忙しく、殆ど日本のロックに興味も関心もなく、マスメディアが報じない限り、今のようにインターネットがあるわけではない時代ゆえ、大衆にそのニュースは届かず、今も(2011年)尚、このへんのエピソードは、当時、若者だった筈の初老、中高年でも、一部のコアなロックファンしか知らないソレなわけでございまする。

惜しかったのが、マスメディアも注目せざるを得なかった、1973年1月に初来日予定だったザ・ローリング・ストーンズの日本公演のオープニングアクトを務める予定だったFlower Travellin' Bandなのに、そのストーンズが、日本国側がストーンズメンバーの麻薬所持による逮捕歴や、ビートルズ来日時のような混乱を避けるためという、わけわからない理由で、入国を却下、チケットが完売していたにも関わらず、公演が直前になってしまった事が、バンドにおいても、日本のロック、音楽史においても痛手だったのではないか?と管理人は思う次第。

歴史に「たられば」はないとはいえ、残念な事件でございます。

結局、Flower Travellin' Bandは、デヴィッド・ボウイにも高く評価され、ライトハウス、ELP、ドクター・ジョンなどと競演ライブも行ったのに、日本の大衆に支持される大きなヒットもないまま(解散後、再評価は今の今迄、続いておりますが)、ストーンズ来日公演中止の同年、1973年、解散してしまったわけで、今、特に!若い方々に、是非!聴いていただきたい1曲だと思います。

ジョー山中 Flower Travellin' Band/SATORI Pt.2







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