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山下達郎-CIRCUS TOWN サーカスタウン [山下達郎]



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リアルタイム当時は、殆ど売れなかった山下達郎氏のソロデビュー作、1976年12月25日、クリスマスに発売されたアルバムサーカス・タウン」(CIRCUS TOWN)の、A面1曲目。アルバムタイトル曲。

間奏のサックスはBS&T末期のメンバーで、後に映画ブルース・ブラザーズ」にバンドメンバーとして出演していますルイ・マリーニ。知る人ぞ知る、このアルバムはアメリカ録音で、メンバーは皆、アメリカで活躍中だったミュージッシャン達からなる、当時としては珍しかった海外録音アルバム。

シュガー・ベイブとセンチメンタル・シティ・ロマンスのマネジメントを行っていた会社「アワ・ハウス」の牧村憲一氏の薦めで、荻窪ロフトで行われたシュガー・ベイブの解散ライブに行き、そこで初めて目にした山下のライブ・パフォーマンスに感化したRVCの音楽プロデューサー、小杉理宇造氏(現:スマイルカンパニー代表取締役社長。ジャニーズ事務所顧問、ジャニーズ・エンタテイメント代表取締役)は、山下達郎氏のディレクションをさせて欲しいと申し入れ、山下達郎氏の海外録音、自分の要望するプロデューサー、ミュージシャッンの起用条件をのみ実現した、当時としては画期的な(冒険とも言えるが)アルバムが、こちら「サーカス・タウン」(CIRCUS TOWN)。

小杉氏この時30才前後。牧村憲一氏がその1才年上。23才だった山下達郎氏の、それもけっして売れていたミュージッシャン、グループではなかった達郎氏の要請、要望を、よくぞ!聞いて実現したものだと、つくずく感心いたします(それほど達郎氏のセンス、歌唱力&演奏力は当時、突出していた)。

唯、残念ながら当時の一般的な若者達は、一部の洋楽ロックファン、コアな黒人音楽ファンを抜かすと、空前の和製ふぉーくブームとアイドル歌手に感化されていたので、山下達郎氏のやろうとしていた音楽、センスを理解できなかったのと、今現在もそうですが、山下達郎氏はTVに出て積極的にプロモーションをするミュージッシャンではないので(出ない。嫌い)、アルバムは商業的には「失敗」にリアルタイムは終っており、オリコントップ30にアルバムが入るのは、「ライドオンタイム」の商業的大成功、そして例の「クルスマスイブ」の大人気で「山下達郎」という名前が一般的になる、発売から26年も後の2002年盤であり、リアルタイム若者だった層ではなく、2世代ぐらい後の層の再評価によるものだったのは、リアルタイム若者だった人達は、恥なければいけないと、当サイト運営者は真剣に!思っております。






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